Vol.65│照明写真家

前衛だけでは言い表せない類い稀な建築家
投稿日:2014,12,25

 

上海にて、もうひとつのミッション

前回は私が照明デザインを担当したザハ・ハディド建築の確認のために、上海を訪れていたことをお話させていただきましたが、私には現場を確認する以外にもう一つ大切な仕事がありました。それは完成した照明デザインをしっかりと記録するために写真に収めるというものでした。この作業はそのほとんどを照明デザイナー自身が行うのが基本なのです。なぜなら、デザインの仕事は、「初めてその内容を聞いてスケッチを始めることから、現場を監理して最後に自らがその写真を撮影することで完了するべし」と教えられてきたからなのです。

しかし、たくさんのプロジェクトの中には、プロの写真を必要とする場合もあります。たとえば、そのプロジェクトを雑誌や本に掲載するような時にはクオリティーの高い写真が求められます。最近は、カメラがデジタル化して機材も高品質な写真を撮れるものが比較的安価に手に入るようになったのですが、やはりプロの腕は全く違います。空気感といいますか、間というのでしょうか? とにかく出来栄えは、それは、それは異なるのでございます・・・。今回はそんな建築照明の写真撮影を長年に渡って手掛けていらっしゃるカメラマンの方にご同行いただいての撮影の旅となったのです。

 



駆け出しの頃から・・・

今回の旅にご同行いただいたのは、長年私の照明デザインを撮っていただいているプロカメラマンの金子俊男さんという方でした。プロカメラマンの中でも、特に建築照明を専門に活躍されているのは、現在、日本では金子さんくらいなのではないかと思います。つまり、日本の照明業界と共に過ごしてこられた写真家ということになるのです。私が初めて金子さんと出会ったのは、もう30年ほど前のこと、まだ私が駆け出しの頃で、私が一人任された仕事を光栄にも金子さんに撮影していただけることとなったのでした。

その写真は、当時勤めていた照明会社の企業誌に掲載され、とっても嬉しかった・・・、ようやく照明デザイナーになったと実感するような嬉しいできごとだったのです。それ以来のお付き合いということになります。15年前に、私が独立してからは、『新建築・住宅特集』誌への連載『あかりのい・ろ・は』の連載を一緒におこなったり、拙著『デリシャスライティング』のほとんどの写真を撮っていただいたり・・・と、お付き合いはより深まった感があります。プロジェクトの写真を撮っていただく機会も多くなり、年間4~5プロジェクトくらい撮っていただいていると思います。



照明界の大事な評論家

金子俊男さんと私、東海林。 photo by JOE SUZUKI

おそらく、私が金子さんと出会ってから約30年の間には、トータルで100を超えるプロジェクトの写真を撮って頂いていることとなります。私以外の照明デザイナーの作品も含めると、金子さんはその10倍いや20倍・・・、かなりの件数の建築照明を写真に収めているということになるでしょう。つまり、それ故に金子さんの照明デザインに対する目は非常に厳しいのです。撮影してもらうこと=厳しい照明評論家の目にさらされるといっても過言ではありません。

例えば、私自身でもここの部分がちょっと上手くいかなかったというような部分があると、金子さんにも「なんで、ここはこうなっちゃったの?」と、まさにクエスチョンマークをそこに突き付けられてしまいます。しかし、これは私自身、照明デザイナー自身にも非常に重要なことで、こういった厳しい批評があってこそ、クオリティーが上がっていく訳です。以前、このブログでお話したシェフやソムリエの技量を高める“ソワニエ” という存在は、日本の照明業界ではまさに金子さんなのではないかとさえ思います。そんな存在ですから、逆に撮影現場での良い反応は、非常に嬉しいものがあります。例えば、ある現場では、一部分の撮影が終わり、さて次の部分へ移動しようとしたら、金子さんが「もっと撮らせてよ、良い写真。」とおっしゃったことがありました。これはとても嬉しいお褒めの言葉でした。

 



照明写真のコツは?

そんな金子さんと、今年はちょっと密に接する機会がありました。この10月から11月のあいだに4つのプロジェクトが続いた上での上海への旅だったのです。それ故、現地では撮影後に、ごく自然に食事をさせていたくこととなるのですが、金子さんもワイン好きということもあって、ワインを飲む肴に昔の色んな話に花を咲かせたりもいたしました。 そのなかでも、興味深かった話が、「良い写真を撮るためのコツ」のお話でした。

これには大きく3つあると言います。まず一つ目は「段取り」。夜になって被写体である建築に照明が点灯するのを待つも、一向につく気配がない・・・、そんなケースもあるのです。これを防ぐには事前の段取り、施設側の担当者にきちっと話をつけておき、確実に点灯させるのはもちろん、部分的に点灯しなければコントロールできるよう待機してもらうなどが重要だというのです。もちろん、その通り納得のお話です。

2つ目は「運」。 建物に明かりが灯り、空はブルーモーメント、まさに今がシャッターチャンス!と言うときになって、道路を挟んだ向かい側に大型バスが入ってきて赤信号で動かない・・・そんな運の悪いケースもあるのです。なので、運の良さも大切なのです。

そして、3つ目は何かというと、「日ごろの行い」なのだそうです。やはり撮影日が雨に当たらずに、むしろ良い感じに映る雲が入り込んで来たりと、気持ちの良い空に恵まれるためには、日ごろの行いが非常に重要!なのだそうです。確かに、これは運というよりももっと神がかり的なものなので「日頃の行いの良さ」が重要だというのも納得のお話でした。

そんな会話も楽しみながら、照明界のソワニエとも言うべき金子さんのとの楽しいひと時を過ごさせていただきました。実は来年3月に東京・幕張で行われるライティング・フェア2015では、金子さんの講演も予定されています。撮影のお話はもちろん、照明に対する厳しい観察眼も垣間見れることと思いますので、皆さま、是非訪れてみてください。

 

 

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。






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