其の一/供養の灯「化野念仏寺」
迫りくる大きな山影を背景に、境内は深い闇に包まれ、おびただしい数の墓石と無数の灯が、奥行きをなして視界を埋めつくしています。延々と読み上げられる、呪文のような諷誦回向(ふじゅえこう)。ひとたびこの情景を前にすれば、足元がおぼつかなくなるほどのたよりなさと、古くから葬地であった地ゆえに成立し得る、独特な空気感に身を震わせます。
ここには、供養の為にともされる灯火が存在します。
京都・化野念仏寺。
観光客でにぎわう嵐山のほど近く、人里離れた奥嵯峨の山あいにひっそりとこのお寺は建っています。
毎年8月、地蔵盆の夕刻に行われる千灯供養では、境内に眠る8000体もの無縁仏にろうそくを灯すため、多くの人がここを訪れます。伊藤ていじ氏の著書で、日本に在る十数の美しい灯火について書かれた『灯火の美』にも、その様子は“供養の灯”として記されています。
聞けば、千灯供養が始まったのは明治の中頃。たいそう古くからやられているのかと思いきや、意外と歴史は浅いことに驚きます。
墓石の間で心もとなくともされているのは、ただのろうそくではありません。和ろうそくの灯です。
ひとしきり灯を観察していると、人の息遣いにも消えてしまいそうな程か細く、ひゅるりと先を伸ばしている様子が印象的。灯明前からの夕立でぱらぱらと雨粒を落としていても、多少の雨では消えないといいます。
そんな湿気まじりのなかでともされる供養の灯は、空中へじわじわと滲み出し、全体的にぼんやりとした光の輪が漂っているようにも見えます。人々がともす灯火は、次第に慈しみの美へと昇華され、空間に凛とした緊張感が生み出されていくのを感じます。
ゆれ動く小さな光源が適度な配列をなしていると、全体として電飾と似た輝度感が得られていることに気づきます。ただ電飾と大きく違うのは、この場にきらきら・わくわく感がないこと。勝手ながらタイプ分けをしてみると、電飾はきらめきをみんなに振りまく「私が一番タイプ」。一方、供養の灯は人の心情に寄り添って表情をかえる「あなたのためにタイプ」。両者は主張の仕方が違うのです。
さらに、灯火によって繰り広げられる場の明るさは、足元で1〜2lx程度。極小の光環境のもとで成立しています。供養の灯に機能は求められません。灯すことが主体の灯火なのです。
供養の灯、すなわち今は仏様となった先人を回向する灯。その本質は、灯すことで供養の場が創出され、私たちに気持ちを醸成する間を与えてくれる灯火だということ。
してみれば、昨今のエネルギー問題で肩身が狭くなりつつあるライトアップは、目的は異にしても、灯と対峙したときに私たちの心へ息つく間を与えてくれる点で、供養の灯と共通項をもつ灯火だと視ることもできるのではないでしょうか。
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Information
化野念仏寺 | あだしのねんぶつじ
約1100年前、弘法大使・空海が五智山如来寺を建立し、野ざらしになっていた遺骸を埋葬したのが始まりとされる。明治の中頃、化野一帯に散在していた多くの墓石が境内に集められたそう。無数に並ぶ墓石は、お釈迦様の説法を聴く人々になぞらえ配列されているという。
[御所]
〒616-8436
京都市右京区嵯峨鳥居本化野町17
TEL:075-861-2221
[経路]
京都バス「鳥居本」下車徒歩5分
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参考文献
・伊藤ていじ(1967)『灯火の美』淡交新社 |
ペコ・チャン = 本名/安田真弓
ライティング・デザイナー
LIGHTDESIGN INC. 所属
神奈川県生まれ、群馬県育ち。学生の頃は照明の研究室に所属し、アカデミックな世界で研究生活を送る。2011年LIGHTDESIGN入社。日頃はLIGHTDESIGNのキュレーターとして照明、建築など多岐にわたる情報収集にもいそしむ。今はデザイナーとしての経験値を積み、将来へのヴィジョンを求めて、ひたすら知見を広めているところ。理系デザイナーでありながら図書館司書の資格も持つので、将来は「照明デザイナー」のタイトルを超えて、もうひとつの肩書きをもとうと日々企んでいる。ペコ・チャンは、もちろん愛称で街角で見かけるケーキ屋さんの前に立っているフィギュアに少し似ているから・・そう呼ばれるようになった。
其の一/供養の灯「化野念仏寺」
其の二/灯の道具「東海道あかり博物館」
其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」
其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」
其の五/お浄めの灯 「お水取り(東大寺二月堂修二会)」
其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」
其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」
其の八/虹窓 / Natural Color Shadow「曼殊院門跡・八窓軒茶室」
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