日本には古代より祭事や神事、あるいは生の営みに必要な灯火がありました。これらの灯火は、時代を越えて息づいているものもあれば、影を潜めてしまっているものもあります。LEDが世の中の話題を席巻している今、いったん足をとめて日本の灯火をじっくり再見し、灯の源について想い起こしてみることが大切だと思います。「新日本光紀行」は、私たちの祖先がつくり出してきた美しい灯火の姿に心を馳せ、日本人の心に宿る灯火に先人たちの「あかり」への思いを学ばせていただきたいと考えています。



其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」



京都と滋賀の県境。標高およそ850m。
眼下に琵琶湖を眺めながら、たどり着いた山上は、気温差3℃といわれる以上に肌寒く感じます。

かつてこの地で、鎌倉仏教各宗派を開いた祖師たちが、自己の信ずる道に従い、命がけの修行を行ったというだけあり、あたりは身震いするほど静寂で、張りつめた空気に圧倒されます。

 


比叡山延暦寺。

山一体にかけて堂塔伽藍が配置された、日本天台宗の総本山です。
古代より霊峰として崇められたこの山に、1200年以上も昔、二十歳前の一人の僧侶−後の伝教大師最澄が篭ったことに始まります。

比叡山延暦寺は過酷な修行が行われることでも知られ、人知を超えた「不眠不休不臥」という行は、教義を探求する非常に厳しい行だと聞いています。

そんな精気漂うここ比叡山延暦寺に、開山以来1200年以上に渡って、ずっとともされ続けている灯が存在するといいます。


天台密教の世界


不滅の法灯は、比叡山山頂に建つ根本中堂に安置されていると聞き、まずはここを目指します。
根本中堂は、おおよそ幅37.0m、奥行24.0m、屋根高24.0mの建物で、まわりを杉木立に囲まれ、荘厳たる姿で建っています。このお堂では、毎日、世界平和や五穀豊穣が祈祷されているそうです。

ほどなくお堂の中へ入ってみると、そこは照度5lxにも満たない空間で、一瞬立ちくらみを覚えます。数万倍も明るい屋外から、暗順応するに従って徐々に天台密教の世界へ引き込まれるような感覚です。

ようやく目が慣れて気づくのは、内陣と外陣の位置関係です。
実は、内陣の床は外陣より3m低くなっており、外陣にいる参拝者と厨子に安置される薬師如来像とが対等な関係に保たれているという見事な演出になっています。しかしながら、両者の間には巨大な闇が分け隔てています。


不滅の法灯

はじめて出会う密教世界に翻弄されつつ、ようやく自分の感覚を取り戻したころ、本尊薬師如来像の前でゆらぐ3つの釣灯篭を発見することができます。

これが788年、最澄の時代からずっと灯され守られている、かの「不滅の法灯」です。

聞けば、この灯は最澄が日本で天台宗を開く際に、最初の願いを込めて灯したものだといいます。最澄の願い…それは「自分の地位によらず、人のために尽くし、互いを尊重しあう心をもって一隅を照らす人となる」こと。すなわち、“志”を象徴しているのだと考えることができます。

以来、1200年以上灯され続けているというのは、最澄の“志”そのものだったのです。

とはいっても、灯篭とは油をエネルギーとしてともす灯火。
一瞬でも油を断ってしまえば、延暦寺に伝わる永遠の真理は途絶えてしまう、非常に繊細で危うい存在でもあります。
だとすれば、常にだれかが見張り、油を注ぐタイミングを慎重に監視していることでしょう…。

しかし、それは違いました。
聞けば、法灯当番などはなく、そこに居るみんなが法灯の存在を気にかけ、常にみんなの意識が法灯へ向けられているのです。

そのように特に決まったルールもなく、1200年以上途絶えることなく灯され続けているのは、本当に信じがたい事実です。

比叡山延暦寺で過ごした1泊2日の修行(?)体験をあとに、下山する車中ふと想ったことがあります。
それは、「24時間灯され続けるコンビニエンスストアの照明は、現代の不滅の灯火なのか?」という問いかけです。

開店以来24時間365日、照度1000lxをこえる光が昼夜問わず、煌々と点けられています。コンビニの照明は、消費経済目的に由来するもので、いつでも人を迎えられる様になっているのです。コンビニの存在意義は別として、“ずっと灯されている状態”に着目してみると、現代のコンビニの照明も不滅の灯火といえるのかもしれません。

しかし、比叡山延暦寺の不滅の法灯をずっと灯す目的は、最澄の教えを長く後世へ伝えていくことを意味しました。すなわち、“志に由来する灯火”といえるのです。そして、その灯は、多くのお坊さんのたゆまぬ努力により守られ続けています。また、さらに不滅を強めるため、天台宗をはじめとした全国の寺院に分灯までされているのです。
ここには、灯に向けられる人々の意識と畏敬の念、そして不断の努力があることに気づかされます。

このように、現代のコンビニの照明と不滅の法灯との間には、一見同じようであっても大きな意味の違いがあることになります。しかし一方で、東日本の震災のときには、荒廃した中で見つけたコンビニの灯に、心から安堵したという話を聞きました。またときには、子どもや女性にとって、夜間の安全・安心を与えてくれるものでもあります。

コンビニの照明に対して、今後何らかの改善が加えられ、今よりもっと私たちの心が温められる光であったり、元気や勇気がもたらされる光であったならば、それは現代の不滅の灯火となるのかもしれません。

車窓の眺めは、ちょうど京都の街並みに変わってきたころです。

 

分灯マップ

これまで比叡山延暦寺から分灯された数は、調べると数十カ所、聞くところでは数百カ所に及ぶ。分灯を護持する先も様々で、全国の天台宗寺院をはじめ、宗教団体、教育施設など。さらに再分灯もされているため、最澄の不滅の法灯を伝える灯は、全国に多く存在していることが分かる。(LIGHTDESIGN調べ)

 

Information

比叡山延暦寺|ひえいざんえんりゃくじ

788年、伝教大師最澄により開創。山内は大きく東塔、西塔、横川の3つのエリアに分かれ、不滅の法灯を安置する総本堂・根本中堂は、東塔エリアに位置する。戦国時代には、織田信長の焼き討ちによって一度その灯は途絶えてしまうが、山形県の立石寺に分灯されたものを移してきたことで、今に伝わっている。

[御所]
〒520-0116
大津市坂本本町4220
TEL:077-578-0001
[経路]
坂本ケーブル「延暦寺駅」下車、徒歩8分






ペコ・チャン = 本名/安田真弓
ライティング・デザイナー
LIGHTDESIGN INC. 所属

神奈川県生まれ、群馬県育ち。学生の頃は照明の研究室に所属し、アカデミックな世界で研究生活を送る。2011年LIGHTDESIGN入社。日頃はLIGHTDESIGNのキュレーターとして照明、建築など多岐にわたる情報収集にもいそしむ。今はデザイナーとしての経験値を積み、将来へのヴィジョンを求めて、ひたすら知見を広めているところ。理系デザイナーでありながら図書館司書の資格も持つので、将来は「照明デザイナー」のタイトルを超えて、もうひとつの肩書きをもとうと日々企んでいる。ペコ・チャンは、もちろん愛称で街角で見かけるケーキ屋さんの前に立っているフィギュアに少し似ているから・・そう呼ばれるようになった。

 

其の一/供養の灯「化野念仏寺」其の一/供養の灯「化野念仏寺」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の二/灯の道具「東海道あかり博物館」

其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」

其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」

其の五/お浄めの灯  「お水取り(東大寺二月堂修二会)」其の五/お浄めの灯 「お水取り(東大寺二月堂修二会)」

其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」

其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」
其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の八/虹窓 / Natural Color Shadow「曼殊院門跡・八窓軒茶室」

 

 



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