日本には古代より祭事や神事、あるいは生の営みに必要な灯火がありました。これらの灯火は、時代を越えて息づいているものもあれば、影を潜めてしまっているものもあります。LEDが世の中の話題を席巻している今、いったん足をとめて日本の灯火をじっくり再見し、灯の源について想い起こしてみることが大切だと思います。「新日本光紀行」は、私たちの祖先がつくり出してきた美しい灯火の姿に心を馳せ、日本人の心に宿る灯火に先人たちの「あかり」への思いを学ばせていただきたいと考えています。



其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」



東京から北へ250km。
新幹線を郡山で降り、磐越西線へと乗り継いで会津を目指します。

江戸から明治における歴史上の出来事が今なお色濃く残る、福島県会津若松。
最近はNHK大河ドラマ「八重の桜」で一躍有名観光地となっています。駅前から少し離れた市街地を歩いてみると、古き良き時代の蔵の並び、かつて城下町として栄えた面影を残しています。古くから漆工芸などの地場産業が整い、加えて温泉もわき出ているという恵まれた土地柄ゆえに、この町の文化遺産としての価値をみんな誇り高く共有している、そんな印象を受けてきます。

「会津絵ろうそく」

色鮮やかな絵柄をもって、より個性を放つ伝統工芸品へと昇華された会津の和ロウソクです。

この地でロウソクが作られはじめたのは、今から500年前。
会津藩主・蘆名盛信公により、この地に漆樹の栽培が奨励されたことにはじまります。漆の樹液からは漆器、漆の実からはロウソクが作られるようになり、会津では漆工芸と和ロウソクの産業が築かれていきます。
やがて、ロウソクの質は向上し、重ねて絵が描かれるようになったといいます。

なぜ会津の和ロウソクには花の絵が描かれたのでしょう。
そこには会津の風土と仏教への信仰心が関係しているようです。生花が手に入りにくい雪深き冬、人々の心を豊かにしてくれる存在として、また仏前に切花を手向けるように供える灯明として考えられたのだそう。
やがて、会津絵ろうそくにはひとつのプレミアがつき、高級ブランド品としての価値が高められていきます。江戸時代には将軍への献上や寺社への奉納に、特別な宴には装飾品として使われるようになり、以後人々に愛され続けていくのです。

 

小澤蝋燭店
鶴ヶ城のたもと西栄町に、江戸から続く一軒の老舗ろうそく屋があります。

店内は間口4間、奥行き2.5間ほど、入ってすぐのガラス棚には、ひとつひとつ丁寧に箱に入れられた絵ろうそくが並んでいます。伺うと70歳代のご夫婦がきりもりしている様子。突然の訪問に戸惑いを見せながら、「ほら!だれだれさんの紹介の!」とすぐに気づかれ、奥の畳座敷へ招きいれていただいたのです。
絵ろうそく職人として会津では最年長であられる、店主の小澤徹二さん。向かい合わせに座って、息をつく間もなく小澤さんはお話をはじめると、…まるで、ロウソク私塾にきたかのよう。わくわくする心持で、しかと耳を傾けるのです。


絵柄
もともとは仏様へお供えする仏花として、菊などの絵があしらわれていたそう。その後、季節に合わせて色とりどりの花が描かれるようになったといいます。
四季の中でも一番多いのは春の花です。牡丹や梅、椿だけでなく藤やツツジ、ケシの花も描かれています。夏にはアヤメにナデシコ、キキョウ、菖蒲、秋になれば菊や紅葉、七草…。単独で、もしくはいくつかの花を組み合わせて描かれおり、サイズの大きなろうそく(100匁で長さ約35cm)ともなれば、まさに豪華絢爛、鑑賞用としても美しい色彩豊かな絵ろうそくとなっているのです。
「南天と福寿草」が描かれた絵ろうそくは、かつての将軍綱吉公にも献上され、「難を転じて福となす」と縁起が良いことでたいへん喜ばれた、とも言われています。

 

最後に、どうしても耳から離れなかった小澤さんの一言があります。
それは、「悩みながらもこの仕事を続けている」という意外な言葉。先達の職人さんから習った技を、何十年も繰り返し丁寧に守ってこられた小澤さんの悩みとは…。

尋ねれば、ろうそくの絵柄について。伝統の絵柄を繰り返し描きながらも、何か新しい絵柄を取り入れてみたい、という“葛藤”があるのだといいます。つまり「伝統の継承」と「産業の発展」という狭間にあって、新しい絵柄をどんどん取り入れていけば、一方でこの良き伝統を壊してしまうかもしれない…。今の時代に合わせもう一歩広げた解釈をして、絵ろうそく作りを続けるべきなのか?それともひたすら伝統を守るべきなのか?

悩みは、そう簡単には解決しないというのでしょうか。

目先の利益だけに捉われず、絵ろうそくの本質を見つめて話される小澤さんに、深い畏敬と喜びを感じながら、「また来ますね」と言葉を寄せてお店を後にしたのです。

Information

小澤蝋燭店 | おざわろうそくてん

徳川8代将軍・吉宗公の時代から続く老舗ろうそく屋。3匁から100匁まである9種類もの絵ろうそくは、1本1本手作業でつくられ、店内に所狭しと並べられている。会津の婚礼の際には、美しく彩色された絵ろうそくが一対に灯され、華やかに祝われたことから、「華燭(かしょく)の典」の語源になった、とも言われている。

[御所]
〒965-0877
会津若松市西栄町6-27
TEL:0242-27-0652
[経路]
会津バス「神名通り」下車2分


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ペコ・チャン = 本名/安田真弓
ライティング・デザイナー
LIGHTDESIGN INC. 所属

神奈川県生まれ、群馬県育ち。学生の頃は照明の研究室に所属し、アカデミックな世界で研究生活を送る。2011年LIGHTDESIGN入社。日頃はLIGHTDESIGNのキュレーターとして照明、建築など多岐にわたる情報収集にもいそしむ。今はデザイナーとしての経験値を積み、将来へのヴィジョンを求めて、ひたすら知見を広めているところ。理系デザイナーでありながら図書館司書の資格も持つので、将来は「照明デザイナー」のタイトルを超えて、もうひとつの肩書きをもとうと日々企んでいる。ペコ・チャンは、もちろん愛称で街角で見かけるケーキ屋さんの前に立っているフィギュアに少し似ているから・・そう呼ばれるようになった。

 

其の一/供養の灯「化野念仏寺」其の一/供養の灯「化野念仏寺」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の二/灯の道具「東海道あかり博物館」

其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」

其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」

其の五/お浄めの灯  「お水取り(東大寺二月堂修二会)」其の五/お浄めの灯 「お水取り(東大寺二月堂修二会)」

其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」

其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の八/虹窓 / Natural Color Shadow「曼殊院門跡・八窓軒茶室」

 



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