日本には古代より祭事や神事、あるいは生の営みに必要な灯火がありました。これらの灯火は、時代を越えて息づいているものもあれば、影を潜めてしまっているものもあります。LEDが世の中の話題を席巻している今、いったん足をとめて日本の灯火をじっくり再見し、灯の源について想い起こしてみることが大切だと思います。「新日本光紀行」は、私たちの祖先がつくり出してきた美しい灯火の姿に心を馳せ、日本人の心に宿る灯火に先人たちの「あかり」への思いを学ばせていただきたいと考えています。



其の五/お浄めの灯 「お水取り(東大寺二月堂修二会)」



天平勝宝4年(752年)より、毎年3月に開催される東大寺二月堂のお水取り。
かねてよりニュースで知っていたあのダイナミックな光の儀式を、今回取材することになりました。

調べてみると、「二月堂の本尊十一面観世音菩薩[*1]の宝前で、日頃犯している過ちを懺悔し、新しい年の安泰と幸福をお祈りする行事」と解説されています。そして、「行中10種以上の松明が登場することから火の行ともいわれ…」かく書かれた東大寺のホームページを読み、ならばこの目で見てみたいと思ったのです。
ニュースの報道やホームページの解説には書かれていない何かがきっとあるはずだ!そんなたくらみを抱きつつ、奈良へと向かうことになりました。

二月堂修二会の概要

お水取り(二月堂修二会)のことを正式には「十一面悔過(じゅういちめんけか)」といい、悔過作法[*2]を修する法会をさすとのこと。

この行事の舞台となる二月堂は、西を正面に外廊がぐるりとまわり、南には端麗な石段、北に登廊が配され、山裾にせり出すように建っています。この場所で、11名の僧侶が人々になり代わり心身を清め、諸仏を礼拝し、懺悔による功徳があらゆる人々に向くよう、14日間にわたって苦行をおさめるのです。


お浄めの灯

新日本光紀行を書くにあたり、日本のあかりの手引書である伊藤ていじ著『灯火の美』を読み返してみました。この本では、古来より人の暮らしと密接に関係してきた灯を取りあげ、それぞれ灯のもつ意味を紹介しています。

その中で今回のテーマに関連しそうなものが「浄火(きよめび)」というものです。
神仏に捧げる火は、必ず浄らかなものでなければなりません。しかし、日々の暮らしの中では、病や災いによって火も穢れるものとされたため、年に一度火を取り替える「火替」の習慣があったといいます。こうして、改めて灯された穢れのない火のことを「浄火」といっていたのです。

お水取りにおいても、法会がはじまる直前に二月堂のあかりは一度すべて消され、同時に“一徳火”と呼ばれる新たな火が鑽り出されます[*3]。これは二月堂の常灯として、その年の間ずっとともされ続ける灯になるのです。
法会に望む僧侶にも浄化のための厳しい行が求められます。“別火”と呼ばれる前行から、特定の火以外の使用禁止、特定の場以外での着座禁止といった厳しい潔斎が守られているのは、こうした新たな火を起こすという重要な任務を遂行するためでもあるのでしょう。つまり、お水取りで灯される火もまた「浄火」であると導けるのです。



では、ここでこのお水取りの様子をレポートしてみましょう。
お松明は、初夜の時[*4]のために二月堂へ上る僧侶たちの道明かりとして焚かれます。上堂時刻にさしかかると、登廊の下段に大っっきなお松明が姿をあらわし、周囲を赤く染めながら一人の僧侶とともに重々しくのぼっていくのです。



僧侶を見送った後は、いよいよあの大迫力な光のシーンを創りだしていきます。
火の玉は欄干を滑り、軒裏まで届くほど大きな炎を舞いあげ目まぐるしく回ると、大量の火の粉をあたり一体にまき散らすのです。精魂込めて焚きあげられるその様子は、確かに夜空に舞う火のパフォーマンスのようです。

後で聞いてみると、実はこのパフォーマンスは効率よく「火を消す」ための作法であったことが分かりました。これは余談ですが、この火の粉には「無病息災」のご利益があり、燃え残った杉の葉もそうしたお守りとして持ち帰られるといいます。
浄火としてのお松明は、道明かりという役目を超えて、飛び散る火の粉によるお浄めの効果を、見ている私たちへもたらしてくれていたのです。


お水取りと私たちの関係

お水取りがはじまると、それまでずっと灯されていた火は一度消され、改めて火を起こして新しい灯がつくりだされました。それは、私たちのこれまでの過ちをリセットし、みんな平等な1年を迎えられることを意味しました。そうした浄らかな火に1年の無事を拝む心は、1250年以上の時を経ても変わらずここに継承されていたのです。

「一度消して、新しくつける」という行為、照明の観点からランプ交換などのメンテナンスと置き換えてみると、年末に家族総出で家中のランプを新しいものに交換していた大掃除を想い起こさせます。新しく灯された照明のもと、これから新たな時を迎えるのだと、気持の整理をしながら過ごされていたのではないでしょうか。
今は長寿命のLEDが普及し、ランプを交換すること自体省かれるようになってきています。しかし、この「一度消して、新しくつける」ことで時を刷新できる光のチカラ、ここに新しい未来の照明デザインを考える大きなヒントが見え隠れしている気がするのです。

 

*1 十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜのんぼさつ)
仏教の信仰対象である菩薩の一尊で、頭上に11面の顔をもつ。
*2 悔過作法(けかさほう)
年のはじめに豊作や厄よけを祈る日本の風習を背景に、仏教において法要として形式化されたもの。
*3 鑽り出す(きりだす)
日本では古来から火打石で鑽り出された火は「清浄な火」と考えられている。二月堂で新たに誕生した常灯は、昼間でも確かめることができる。暗い堂内で慎ましくゆれる灯を拝観すれば、おのずと安心感が沸いてくるもの。
*4 初夜の時(しょやのとき)
日中、日没(にちもつ)、初夜、半夜、後夜(こうや)、晨朝(じんじょう)と、1日6回勤められる悔過作法のうち夕方からはじまる行のこと。実際はその間にも様々な法要や行事、作法が組み込まれている。



Information

東大寺二月堂修二会 | とうだいじにがつどうしゅにえ

752年、実忠和尚(じっちゅうかしょう)によって創始される。今年で1263回目を迎え、これまで一度も絶えることなく続けてきたことから、不退の行法として知られる。「お水取り」は通称名で、もともと旧暦二月に修していたことから修二会と名づけられる。同年創建された二月堂の名もこれに由来する。取材日のお松明は、籠松明といって長さ8mの竹の先に、直径80cmの籠目状のお松明がつけられたもの。重さはなんと70kgにも及ぶ。

[御所]
〒630-8587
奈良市雑司町406-1
TEL:0742-22-5511
[経路]
近鉄奈良駅から奈良交通バス「大仏殿春日大社前」下車、徒歩10分






ペコ・チャン = 本名/安田真弓
ライティング・デザイナー
LIGHTDESIGN INC. 所属

神奈川県生まれ、群馬県育ち。学生の頃は照明の研究室に所属し、アカデミックな世界で研究生活を送る。2011年LIGHTDESIGN入社。日頃はLIGHTDESIGNのキュレーターとして照明、建築など多岐にわたる情報収集にもいそしむ。今はデザイナーとしての経験値を積み、将来へのヴィジョンを求めて、ひたすら知見を広めているところ。理系デザイナーでありながら図書館司書の資格も持つので、将来は「照明デザイナー」のタイトルを超えて、もうひとつの肩書きをもとうと日々企んでいる。ペコ・チャンは、もちろん愛称で街角で見かけるケーキ屋さんの前に立っているフィギュアに少し似ているから・・そう呼ばれるようになった。

 

其の一/供養の灯「化野念仏寺」其の一/供養の灯「化野念仏寺」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の二/灯の道具「東海道あかり博物館」

其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」

其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」

其の五/お浄めの灯  「お水取り(東大寺二月堂修二会)」其の五/お浄めの灯 「お水取り(東大寺二月堂修二会)」

其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」

其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の八/虹窓 / Natural Color Shadow「曼殊院門跡・八窓軒茶室」

 

 

 



Copyrights (C) 2013 LIGHTDESIGN INC. All Rights Reserved.