日本には古代より祭事や神事、あるいは生の営みに必要な灯火がありました。これらの灯火は、時代を越えて息づいているものもあれば、影を潜めてしまっているものもあります。LEDが世の中の話題を席巻している今、いったん足をとめて日本の灯火をじっくり再見し、灯の源について想い起こしてみることが大切だと思います。「新日本光紀行」は、私たちの祖先がつくり出してきた美しい灯火の姿に心を馳せ、日本人の心に宿る灯火に先人たちの「あかり」への思いを学ばせていただきたいと考えています。



其の八/Natural Color Shadow「曼殊院門跡・八窓軒茶室」


虹窓イメージ photo by LIGHTDESIGN


日本が世界に誇る「おもてなし」を行う空間の中で、ロマンティックな光の現象があります。

虹窓(にじまど)、とは茶室に設けられる障子が張られた下地窓のひとつで、その障子に映し出される影に多彩な色があらわれることから、そう呼ばれています。

一般に虹窓は、時刻や天候そして季節によって違う色の影をみせるといわれています。
影に色がつくとは、一体どんな原理になっているのでしょうか。今回は、虹窓に秘められた不思議な光の物語を調査することになりました。

そこで、@現存の草庵茶室、A内部の見学が可能、かつB虹窓現象が現れる、という条件に当てはまるところを調べていると、京都・曼殊院にある「八窓軒茶室」という建築を発見。ビジュアルこそありませんが、ここは運に任せようと久しぶりの京都へ向かうことになったのです。

 





京都駅からバスに揺られて30分、さらに足を進めること20分。比叡山の山麓をのぼりはじめた先に、曼殊院は建っています。

時刻は9時20分、日差しは無く明るい薄曇りの空模様です。
予約した時刻よりも少し早かったものの、すぐに目的の茶室へ案内され僧侶からいくつか注意事項を受けたあとに、さっそく調査を開始することになりました。

曼殊院の八窓軒茶室は、江戸時代前期に造られたといわれる草庵茶室です。茶道口からかがむように中へ入ってみると、草庵と聞いてイメージする閉鎖的なものとは一転、明るくなごやかな雰囲気に衝撃を受けます。



それもそのはず、茶室の名前にあるとおり室内には8つの窓が設けられています。これは、お釈迦様の一生を八つの場面にまとめた“八相成道”とうものを表しているのだといいます。

茶室の成り立ちから意匠的な特徴について、一通りの説明を聞きながら、目的の虹窓は一体どれなのかキョロキョロしていると、僧侶は一度改まりひとつの窓を指さして、これが有名な“虹窓”ですと教えてくれたのです。

それは東向きに開けられた縦26cm×横85cmほどの小さな下地窓で、一見して色が認識されるわけではありません。少々興奮気味の心を落ち着かせ、窓に正対してジッと目を向けていると、障子に鈍〜い緑と淡〜いピンクの影が微かに浮かんでいることに気づきました。

しかし、ゆったり浸っている時間はありません。その謎を解き明かそうと緑とピンクの影を追跡してみることに。すると、窓の外にヒントが隠されていることが分かりました。




虹窓のメカニズムの正体、それは露地に植えられた“樹木”と土間庇に使われている“竹”であったのです。原理は次のように考えられます。

太陽の光は、地上に直接届く直射光と空中で拡散・反射をくり返して届く天空光(この日は曇天光)に大きく分けられます。茶室の東には深い土間庇が掛けられているため、日常的に直射光が窓を照射することはありません。

すると、天空光は露地の植栽で一度反射し、窓に入射するようになります。つまり、フルスペクトルの光の成分を持った太陽の光は、特定のスペクトルを持った光=緑色光になって窓に入ってくるのです。同じように考えて、土間庇の竹で反射した太陽の光はピンクを帯びた光となって窓に入ってきます。そして、これらの光が窓の下地を通りぬけるときに、一部の光は遮蔽され、また一部の光はそのまま透過されて、後ろの障子に緑色とピンク色の影を映し出していたのです。

僧侶いわく、朝から昼にかけてはやや淡白に、夕方になるにつれ濃い色になり、さらに雨の日にはトーンの暗い深い色をみせるのだそう。

このように虹窓は、時刻や天候によって変わる太陽の光の状態と、反射板の代わりとなる露地の色分布によって起こる、ナチュラルなカラーシャドウ現象だったのです。自分の手を窓の外にかざしてみると、同じように緑とピンク色の手形の影があらわれるので、冷静な僧侶を前にしてもハシャがずには居られません。




では、露地の植栽の種類には何か決まり事はあるのでしょうか。

僧侶にお願いし躙口を開けてもらうと、大体3mくらい離れたところにサツキツツジとツバキの姿がそこに。地面には色鮮やかな苔が這い、斜面へと続いています。図鑑によれば、サツキツツジもツバキも多くは常緑樹で、1年を通して豊かな葉をつけています。ツバキにいたっては、光沢ある濃緑色の葉が特徴とのこと。

これがはたして意図されたものか、図り知ることはできませんが、窓の外に常に緑が分布していることは、虹窓の現象が現れる好条件といえそうです。そしてまた、曼殊院は秋になると紅葉、冬になるとあたり一面雪景色に変わることで有名ですから、季節ごとに訪れるこうした景色が、虹窓の影を豊かにしているのは想像に難しくありません。


おそらく、この虹窓を設計した茶匠は、室内に飾られる掛け軸や花木と同じように、虹窓を使ってその時々の季節の要素を取り込み、私たちに一刻の変化でも移りゆく視覚的な情緒を愉しんでもらいたかったはずです。そしてその現象は、露地と茶室を含む建築環境のなかで、光をスペクトルの次元まで観察した茶匠によって創りだされていたのです。

LED光源が普及した昨今、素子のスペクトルを微調整することで求められる光の色味を実現することが可能となりましたが、実は300年以上も前には、すでに茶室の世界で光のスペクトルは注目されていたとは…、その観察眼の鋭さに照明という世界の奥行の深さを見せつけられたのでした。

この光のスペクトルによるおもてなし体験を、この先も決して忘れまいと記憶の奥底に焼き付けて、八窓軒茶室をあとにしたのでした。


*1 下地窓(したじまど)
古くから日本の民家で用いられてきた窓のひとつ。壁の一部が塗り残され、格子状の竹の小舞(下地)が露わになっているのが特徴。

*2 草庵茶室(そうあんちゃしつ)
山中や田舎の風情を表そうと草葺の小屋に見立て、土壁や竹、面皮柱などの素朴な材料が用いて造られた茶室。四畳半以下の間取りで、窓の数も限られたため、閉鎖的な中に緊張感ある空間になっている。

*3 点前座(てまえざ)
主人がお茶を点てる場所。

*4 水屋(みずや)
茶室に接してつくられ、主に茶事の準備を整える場所。

*5 台目(だいめ)
長さが通常の畳の3/4の畳。

*6 小堀遠州(こぼりえんしゅう)
千利休の孫弟子にあたる。優美で均衡のとれた“綺麗さび”の茶の湯を創造した。



Information

曼殊院門跡 八窓軒茶室 | まんしゅいんもんぜき はっそうけんちゃしつ

作者は不明。完成は江戸初期の茶人・小堀遠州(1579〜1648)の没後といわれる。
間取りは、台目構えの点前座のある横長の三畳台目で、東面左端に躙口、それに対面して床が構えられている。高さは約180cmと他の茶室に比べ高く、床前から点前座にかけては平天井、躙口寄りの東側は掛込天井(斜め天井)となっている。室内は、遠州による貴族好みな手法がみられ、茶室の窓も閉鎖的な空間を理想とした千利休とは対照的に、“座敷の景”として機微に富むものになっている。重要文化財に指定。

[御所]
〒606-8134 京都市左京区一乗寺竹ノ内町42
TEL:075-781-5010
[経路]
京都市営バス「一乗寺清水町」より徒歩 20分
[参考]
曼殊院の他、虹窓は祇王寺、金地院の八窓席でも見学が可能。






ペコ・チャン = 本名/安田真弓
ライティング・デザイナー
LIGHTDESIGN INC. 所属

神奈川県生まれ、群馬県育ち。学生の頃は照明の研究室に所属し、アカデミックな世界で研究生活を送る。2011年LIGHTDESIGN入社。日頃はLIGHTDESIGNのキュレーターとして照明、建築など多岐にわたる情報収集にもいそしむ。今はデザイナーとしての経験値を積み、将来へのヴィジョンを求めて、ひたすら知見を広めているところ。理系デザイナーでありながら図書館司書の資格も持つので、将来は「照明デザイナー」のタイトルを超えて、もうひとつの肩書きをもとうと日々企んでいる。ペコ・チャンは、もちろん愛称で街角で見かけるケーキ屋さんの前に立っているフィギュアに少し似ているから・・そう呼ばれるようになった。

 

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