ファッションデザイナーが作ったホテル

居心地の良い前衛空間

投稿日:2012.07.19

デザイナーの空間感覚に学ぶ

こんにちは、東海林弘靖です。いよいよ暑くなってまいりました。そして、まもなく夏休みの季節となりました。みなさまの中には、すでに夏休みの旅の計画を立ててワクワクしている方などもいらっしゃることかと思います。そんな方々にとって7月の後半は、なかなかアクティブで楽しい毎日かもしれませんね。

私はというと、4月にヨーロッパの長旅を致しました故に今は仕事に邁進しております。
前倒しにした夏休み(?)で私が訪れたのは、フランスのパリに世界的に有名なファッションデザイナー、マルタン・マルジェラがデザインした美しいホテル「La Maison de Champs Elysees(ラ メゾン シャンゼリゼ)」だったのですが、今日は、その前衛的な美しさをみせる空間について書いてみたいと思います。



センシティヴなデザインにインスパイアされる

まずは、このホテルを手がけたマルタン・マルジェラについて簡単にご紹介いたします。1957年ベルギーに生まれたファッションデザイナーで、現在はフランスを拠点にアパレルからフレグランスなど幅広く展開しています。衣服の再構築や再定義のほか、ショーのスタイルなど、コンセプチュアルな手法をとっているのが特徴で、「ファッションは芸術ではなく技巧、技術的ノウハウ」というのが彼の言葉だそうです。

その前衛的しかし何となく人間味を感じさせるデザインを心地よく感じていたのですが、(すみませんファッションのことはそんなに詳しくはないのです)、そのマルジェラがデザインしたホテルが昨年7月にパリにオープンしたというニュースを聞き、機会があればぜひ泊まってみたいと思っていました。そして、ようやくこの春、念願だったこのホテル「ラ メゾン シャンゼリゼ」に泊まることになったのです。
 
ホテルの様子は雑誌やホームページなどでも紹介されているので、部屋の独特のデザインや配色は写真で見ることはできますが、実際に訪れるとさまざまな工夫があちこちに施されており、思わず「ワオー!」と感嘆の声を上げてしまいました。

ホテルのラウンジ



ディティールが楽しい

私が泊まった部屋は白をコンセプトにした部屋で、壁、天井、インテリアすべてがまさに真っ白でした。壁は良く見ると絵画の額縁のようなモールディング装飾が施されていて、それもきっちりと配置されているのではなく、たまに途中でスパッと切れていたりするのです。しかも、収納の扉を動かすとその切れ目にちょうどカチッとはまったりすることを見つけたときには、また「オー!」と感動してしまうのでした。

客室の様子。壁のモールディングが途中で切れています。

客室は全40室のうち、マルタン・マルジェラがデザインした部屋は17室あり、それぞれが違うコンセプトをもっています。たとえば、ある部屋には白いじゅうたんにペルシャじゅうたんが敷かれたようにプリントされていたりと、小さいながらも面白い趣向が凝らされていました。この“だまし絵”の手法はホテルのいたるところにも見ることができます。



照明もファッションデザイナー的

照明についても、とても“ファッションデザイナー的”でグッとくるものがありました。一番いいな〜!と思ったのは、私が泊まった部屋にあったフロアスタンドです。

少しオレンジがかったレンガ色の金属フレームで形作られたスタンドのセード部分に、布のようなものが無造作に掛けられています。近づいてみると、なんとそれはドレスなのです。ミシンでザクッと縫っただけのシンプルなワンピースなのですが、この未完成の感じもまた格別です。インテリアデザイナーがデザインしたというデザイナーズホテルの多くは、ついついデザインを詰めすぎてカターイ感じになってしまうことが多いので、このようなセンスにはもう脱帽でした。

ドレスが掛けられたフロアスタンド

また、客室の壁には手のひらを広げたくらいの円形パーツが埋め込まれていて、いったいこれは何だろうと触ると、実はこれが照明のスイッチになっています。一方、洗面所の照明はシンプルな四角いアッパーライトなのですが、必ずペアでついており、このような設えは、服に着けるボタンのようにも感じられます。デザインも配置もストイックな感覚です。
 
ホテルの中には私が泊まった真っ白な部屋とは対極的に、真っ黒な部屋や空間もあります。このような壁も床も天井もすべて真っ黒の空間では光を吸収してしまうので、視覚的には暗いように感じます。ところがその空間にあるポイントで照明が配されているので、歩いていくとフッと明るく照らされるのです。この感覚にもドキッと感動させられました。
 
例を挙げだしたらキリがないほど、本当に素敵な細かな工夫がいっぱいです。レストランやラウンジ、シガーバーもマルジェラのデザインで、バラバラに置かれた椅子、それを覆う真白いカバーも非建築的な発想です。そして、滞在中に何よりも嬉しかったのは、至る所に使われている白いコットンのカバーや部屋のシーツ、タオルがとても肌触りが良いことです。空間がシンプルでストイックなデザインである一方で、きちんとゲストへの心づかいを忘れないホスピタリティがあったところがただのデザイナーズホテルとの大きな違いなのかもしれません。

そんなマルタン・マルジェラの生み出す世界、ラ メゾン シャンゼリゼに流れる時間に大いに刺激をいただいて帰ってまいりました。

またパリを訪れるときには、もう一度ここに滞在して今度は真っ黒い部屋で光のことをじっくりと考えてみたい・・・!などと、今もなお目論んでいるところなのです。

「La Maison de Champs Elysees(ラ メゾン シャンゼリゼ)」(外部サイトへ)

 

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。






vol.01 光の質にこだわっていますか?


vol.02 近未来の照明生活


vol.03 電球シルエットは不滅?


vol.04 ブラックアウト・停電


vol.05 照明国際見本市での小さな楽しみ


vol.06 「Light+Building 2012」レポート


vol.07 デイライト・ミュージアム


vol.08 ファッションデザイナーが作ったホテル


Vol.09 光をテイスティングする!


Vol.10 魅せられたルミナーレの光


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