Vol.25│照明デザイナーのノート

適材適所の道具たち

photo by Toshio Kaneko
投稿日:2013,5,9

 

自宅での憩いのとき

週末の深夜、家でひとり、ワインを楽しんでいたときのことです。飲みはじめたときは気にならなかったのですが、しばらくしてちょっと部屋が明るすぎるかなと感じてきたので、調光器で明るさをぐーっと落としてみました。

そして、良い暗さをつくれたかと思い、再びてワインを飲みはじめたのですが、今度は暗くしすぎてしまったなと感じ、ほんの少しですが調光器のつまみを戻してみたのです。よし、これで完璧! 最適な暗さをつくることができたのです。

午前2時のあまりにも私的な出来事なのでしたが、この時にふと随分と昔の話がよみがえってまいりました。それは、舞台専門の照明コンサルタントの方に「ローエンド」という言葉を教えていただいた時のことでした。舞台照明の専門用語である「ローエンド」とは、これ以上暗くしてはならない“究極の最低”の明るさを言うようです。



建築照明とは異なる劇場照明

photo by LIGHTDESIGN INC.

このお話はずーっと以前、1500人くらいの規模のコンサートホールの照明デザインを担当させていただいた時のことでした。こういった大きなホールでは、舞台照明のコンサルタントの方とお仕事をさせていただくことが一般的なのです。

ホールや劇場などの照明はそこで使われる照明機器も照明の考え方も私たちが取り組んでいる建築照明とは大きく異なっています。同じ照明という言葉でくくれないほどに違うジャンルなのです。そんな訳でステージ上の照明は専門のコンサルタントが手掛ける訳ですが、客席部分は施設全体の照明デザインのシナリオとステージ照明とのオーバーラップする重要なパートとなるのです。そこで、一緒に協議しながら進めることになるのです。そんな折に舞台照明コンサルタントの彼が口にしていたのが、「ローエンド」という言葉でした。

ホールというのは実はとても特殊な空間で、まず窓がありません。照明をいっさい点けなければ、完全に光のない闇の空間、つまり、光がほとんどゼロの状態なのです。自然界で考えると光がゼロという環境は滅多にありません。新月の夜でも星明りがありますし、洞窟のように光が入らないところでも光生物がいたりするのです。完全な闇というのは極めて特殊な空間で、人間にはとても不安で辛い環境なのです。

そこで登場するのが「ローエンド」という概念です。十分に暗いのですが、不安でない安心できる暗さ・・・とでもいうのでしょう。客席の照明の最適な暗さがローエンドであるのに対して、眩しすぎない十分な明るさのことを「ハイエンド」と言いますが、ホールの客席照明では、まずこの2つのレベルを感覚的に決定し、調光設備に記憶させることから始まるのです。



くらしの中のローエンド

劇場では、暗転時であっても緊急の用事でどうしても席を立たなければならない時に足元がなんとか見えるローエンドを設定し、逆に、これ以上は明るくしないというハイエンドを設定するのです。

すなわち「2%のローエンド、80%のハイエンドで」なんて具合に、調光回路ごとに個別に明るさ・暗さを設定して作られているのです。一般的な照明デザインではこのような考え方をしないので、「なるほど面白いな・・・」と思っていたのですが、時とともにこの言葉も忘れていました。しかし、家の中でも明かりを調光し、心地良い暗さをもって過ごす楽しみが定着してきた今こそ、このローエンド・ハイエンドという概念がとても役にたつと思うのです。

ただ暗くするだけでは過ごしにくいけど、場所やシチュエーション別にローエンドを設定すれば良いのです。特にローエンドが見極められる繊細な感覚を自分の中に発見できたなら、それは、照明の持つ面白さの一端にあなたも立っていることになるのです。


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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。






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