あのソムリエの言葉
このブログでは、ときどき私のお気に入りの言葉を紹介しておりますが、最近とても気になっているフレーズに、「お客様のものですから・・・」というのがあります。この言葉、以前から様々なところで耳にしていた言葉ですが、かの有名なソムリエの田崎真也さんのワイン教習用のDVDを見ていた時のことです。
ソムリエの資格試験の実技の中に、デキャンタージュというものがあり、その実技レクチャーでもこの言葉が出てまいりました。デキャンタージュとは、ヴィンテージワインなどの香りを立てることに加えて、オリ(沈殿物)を除く目的で、開栓後にワインをいったんデキャンタに注ぎ移すことで、オリがボトル側に残るようにワインを注ぎます。この時、あまりボトルにワインを残しすぎるのはNG、つまりお客様が飲む分量が減ってしまわないようにしなければなりません。すでにワインは「お客様のものですから」という訳です。
照明デザインの仕事でも
さて、この気になっている言葉は、照明デザインの仕事にあてはまるのでしょうか?
少しそれらのシーンを考えてみました。すると、この言葉の示す意味が次の二つのケースに分かれることがわかりました。最初の事例は次のようなケースです。個人住宅または、やや小さなレストランなどの空間の照明デザインに着手したときです。まずはスケッチを描きながら、空間の構想を練っていくなかで、どんどん気持ちに熱が入り、次第にクライアントに成り代わったかのように・・・。そんな時に、ふと我に返り、自分自身に冷静になるように言い聞かせるのです。「お客様のものですから…」
そして、もうひとつのケースは、大規模な建築における照明デザインを担当させていただいた時です。20人から30人の関係者の前で、プレゼンテーションを繰り返してプロジェクトは進行してまいります。そんな時、日本人の気質もあるのかもしれませんが、なかなか最終案を決めきれないことがあります。そんな時は、それぞれの案の特徴とデメリットを繰り返し説明し、さらにそれぞれの良いところをとって合成した折衷案なども求められることもあります。そうなると不可が限りなくゼロに近い、賛成多数のバランス感覚に優れた案に落ち着いたりもするのですが、往々にして原案の面白さが半減してしまうのがお決まりのコースです。
もうかなりその話題で議論が尽くされた感があるときに、「であなたはどの案が一番おすすめですか?」という問いが私に投げかけられます。そこで私は「A案!!」と心の中でつぶやきながら、こう答えてみるのです。「お客様のものですから…」と。決して投げやりになっているからそう言っているのではありません。デザインは、デザイナーの私物ではなく、空間を使うユーザーやその建物のオーナーのものであるのです。デザイナーの熱い思いは、つくるときには必要ですが、その思いをわかってもらえるかどうか?が最大の問題なのではありません。良いデザインとは、お客様に満足していただけるのか否かにかかっているのです。
「ただ私は〇〇という点でA案が〇〇〇〇〇でよいかと思います。」と続けてみると、不思議なことに「やはり、照明デザイナーのおすすめ案にしてみましょうか!」という展開になることもあるものです。決して照明デザイナーがむきになって主張してはいけないのです。仮に照明デザイナーが絶対にこの案しかない!などというエゴイスティックな発言をしたならば、その案に決まる可能性はぐうーっと低くなるのでしょう。私たちは、情熱的な創造力だけでなく、クライアント側に立った判断ができる冷静な感覚をも求められているのですから。
「お客様のものですから・・・」
そう、現場で熱くなりすぎた私を見かけた方は、そっとつぶやいてくださいませ。
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