Vol.106|トイレ照明が面白い

トイレ空間のあるべき姿とは?
投稿日:2016,09.16
photo by Kristina D.C. Hoeppner

シドニーからの便り

先日、オーストラリア在住の友人から非常に興味深い写真が届きました。それは、世界遺産として有名な近代建築、シドニーのオペラハウスで撮影されたものでした。シドニーのオペラハウスと言えば、思い浮かぶのは貝殻のような白い屋根の連なった外観が有名だと思いますが、届いたのはその姿ではなく、建物のなかにあるトイレの写真でした。何でも、オペラハウスを訪ねた時にトイレに行ったところ、その個室空間がとても印象的だったので思わず写真に撮って送ったというのです。(上記は個室の手前にある手洗いスペースです。)確かに写真を見ると、なかなか他にはないしつらえだと感じると同時に、楽しい様々なイメージが溢れてまいりました。今回はそんなトイレの照明についてお話したいと思います。



非日常空間的トイレ

トイレ個室前の通路

個室内の様子

さて、こちらがお便り頂いたシドニー・オペラハウストイレ個室の写真です。
特徴的な形で知られるこの建築の屋根は、建築物の上に傘が乗っかっているような構成になっているのだそうです。この左の写真からわかるように屋根と室内とのあいだに隙間があり、そこから外の光が差し込んでいるのがわかります。

それ故に個室上部にはダウンライトなどが設置されておらず、隙間明かりと通路の上部に設置された照明、そして右の写真のようにトイレットペーパーホルダーのくぼみ部分に照明が仕込まれているのでした。これはなかなか面白いデザインだと思いました。実際に中に入った印象を聞くと、そんなに明るくはなく、薄暗いけれども、映画の「2001年宇宙の旅」に描かれているような近未来空間のような感覚だったそうです。

トイレットペーパーホルダーの照明

シドニーのオペラハウスは1973年竣工なので、もう40年以上前の施設ということになりますが、もしこのトイレの照明が改装ではなくその当時からのデザインであるとしたら、かなりアグレッシブ、前衛的で素晴らしいプランだと思いました。なぜなら、トイレの照明デザインとなると、まず先に立つのが「トイレ、暗くないか?」という心配があるからです。



トイレはどんな空間であるべきか?

まずは、私が30代の頃に実際に仕事で怒られた話から始めてみましょう。当時、高級分譲マンションの照明デザインを担当しており、まだ若かった私は薄暗いメディテーションスペースのようなトイレこそハイエンドな住宅のトイレだと考えました。少ない経験ながらNYの高級なホテルのトイレは相当暗かったし、明るい空間は落ち着かないと考えておりました。しかし、本人は上手くできたと思っていた矢先に「こんな暗いトイレはダメだ!」とお叱りを受けたのでした。

頭ごなしにダメだと語ったのは、不動産ディベロッパーの偉い方で、その方の説明によれば・・・つまり、日本でこのような高級マンションに住む人というのは上場会社の役員クラスの人で、そういった人たちは毎朝必ずトイレで日経新聞を読むものだと、だからこんなに暗いトイレは、全然トイレの用をなしていない!・・・というのでした。トイレで新聞を読むとは考えになかったのですが、その家の家族全員がそうなのか?あるいはお父様が出社した後もトイレは煌々と輝かなければならないのか?疑問が残りましたが、この経験は、トイレの照明を深く考える良いきっかけとなりました。

この時のトイレ問題以来、住宅のトイレ照明を考える際に、まず“トイレは暗くちゃいけない“というのが頭に入っています。しかし、それはクレームを恐れての話ではなく、明るさを自由に設定できるのが一番重要だと悟ったのです。考えてみれば、トイレと言うのは家族それぞれのマルチパーパススペースです。 本を読みたい人もいれば、落ち着きたい人もいる、静かに瞑想にふけりたい人だっているでしょう。



もっと、トイレに自由を!

ある住宅のトイレ照明では、調光器をつけて明るさを自由に設定できるようにつくりました。お父さんは新聞を読みたいから明るくしたいけど、ゆったりと過ごしたい時には明かりを絞ることができるのです。また、病院の看護師さんが使うトイレでは、忙しく働く合間の一息できる空間だと考え、トイレに入ると自動センサーで3秒間かけてジワーっと明かりがつくようにつくりました。あたかも「おつかれさま!」と言ってくれているかのような設えにしてみました。これは、看護師さん達からも本当にそう言ってもらっているようだと好評を博しています。

こういった使い手の心に響く小さな気づかいこそがトイレ照明には必要なのだと思います。シドニーのオペラハウスの例は、もっとこういうものが今の時代に試されても良いのではないかと勇気づけられるような一例と感じました。
そう、自由でいいのです!お便りをくれた友人に感謝です。

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。




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