感動を与えるもの
私たちは日常生活の中で、心を打たれる体験をすることがあります。心打たれる・・・これはいったいどんな時なのか? 照明で心打たれることがあるならば、照明デザイナーはどのように作ればよいのか? 今回は冬に変わる季節の中で「心を打つ」をテーマにブログを書いてみたいと思います。こんなことを考えていたら、偶然にも音楽関連ブログの中に、次のようなフレーズを見つけました。
それは、 “音楽で大切なことは歌心を培うこと”だというのです。感性を表現するのは、歌う音程や演奏の正確さではなく“歌心”であるというのです。これを照明デザインに当てはめて考えると、照明デザインで大切なことは照明心(しょうめいごころ)という事になりそうですね・・・。
確かに、照明もリラックスできる色温度が何ケルビン、照度何ルクス・・・と設定しただけで、心に沁みる光空間が出来るわけでもないでしょう。見る人の心を打つ照明、照明心とは何なのか?について考えてみることにしました。
“心”とは何か?
まずは、音楽にたとえて考えてみることといたしましょう。歌心とは何か?を紐解けば、それは心を震わせるような感性、英語で言うところのソウルに行き当たるのでしょう。よくあの歌は、あの歌手はソウルフルだね!とか言うアレです。
それでは照明に置き換えてみましょう。まず、どこかの空間が闇の状態であるといたしましょう。そこは人の行動にとって不便や不都合が生じているので、それを是正するために均質な明かりを与えてみます。すると、闇から脱出した「見える」環境が出来上がるのですが、ここには心に響くとか、ソウルを感じる・・・とはなりませんね。
では、人の心に響くソウルのある照明とはいったいどんなものなのでしょう? それは、たとえば、「何だかこの空間に来ると、すごく気持ちが楽になった」とか、「気持ちが高揚してきた」といった感覚が発生するような空間なのではないかと思います。そして、このような状況は照明デザイン的には、光と闇の織りなす光景、そのバランス、塩梅によって心に響く何かがうまれるのです。
泣ける照明
photo by Toshio Kaneko
ところで、「心に響く」・・・という言葉で思い浮かぶ照明プロジェクトに、横浜の象の鼻パークがあります。ここは、よくこのような美しくも照度の低い公園ができましたね!と今でも同業の照明デザイナーから言われるくらいに光を絞ったデザインです。
オープン後、4年ほど経ったときに、ここにまつわるとても印象深い話を横浜市の方に聞いたことがありました。40代前半の男性のお話しなのですが、「なにか悲しいことがあると僕は一人で象の鼻パークに行く」と、そしてそこで泣くんだと言うのです。あの暗さでなんかすごく気持ちよく泣けると、それでスッキリするんだと言うのです。
まさに、これこそ、まさに心に響く照明なのではないかと思います。その光景が人の心に響いて、こんな時、あんな時、悲しい時にそこに呼び寄せる力を持つことこそが、照明心のある場所だと思うのです。
照明心を養うには?
では、その照明心のある場所を生み出す力はどうやって培われるものでしょうか?それは、やはり光を見て感動する経験、地球上で見た様々な光景だと思います。
ある時には、ドイツ、シュトゥットガルトの山の中から見た黄昏時に映える街明かりの幽玄さや力強さ、あるいはニューヨークのマンハッタンからハドソン川を渡ったホーボーケンという街から振り返ってマンハッタンを見たときの煌々と輝くエネルギーに満ちた街明かり、それを見つめながら、そして自分の居場所の暗さとのギャップに、ちょっと寂しくなってみたり、でもまた頑張ろう!と思ったり・・・というような、力強い光と闇の経験に後押しされ、感動を重ねて“照明心”を生み出す力が鍛えられるのではないかと思います。
また、仕事では、そんな感動を与えるような照明とは何かを考え葛藤する・・・、悶々とする・・・、そういった悩みを抱えつつ、もがいて生み出していくことによって、その力を磨いていくのだろうと信じています。
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