草木も眠る?丑三つ時
皆さん、「午前二時」という時間にはどのようなイメージがあるでしょうか? 0時をまわってからさらに2時間も経過しているので、表現としてはディープナイトと言ったほうが良いかもしれません。昔風に言えば“丑三つ時”ですから、そんな時間に起きているのは魔物、ばけもの、はたまたドロボウか…というような相当深い時間帯です。しかし、現代はテレビの放送もやっているし、24時間営業の様々な業態の店舗もオープンしていることもあって、昔のような深い夜の時ではないかもしれません。
この午前二時という時間を振り返ってみると、私は今までそれぞれの年代でさまざまな過ごし方で楽しんでいることに気づきました。今日は、そんなディープな時間の私流過ごし方を振り返ってみたいと思います。
初の楽しみは…
それぞれの時代と言っても、さすがに小学生の頃は午前二時までは起きていませんでした。では、いつ頃からこの時間帯を楽しむようになったかと振り返ると、中学二年生の頃が思い起こされます。当時、友達のあいだで話題になっていたのが、ラジオの深夜放送です。パックインミュージック、オールナイトニッポン、セイヤング等々、ラジオ各局でそれぞれの人気番組があり、これらは午前1時から3時くらいまでの時間帯に流れていたのです。
午後10時から12時くらいまでは、何となく勉強机に向かったり、ちょっと居眠りしてみたりと時間をやり過ごすも、午前1時をまわるとパキッ!と気合が入って、イヤフォンでラジオ放送を聞いていました。そして、午前二時というと、各番組が一番盛り上がる時間。私のお気に入りは、パックインミュージックの(たしか)木曜日、俳優や声優・ナレーターで活躍される野沢那智さん、白石冬美さんのお二人、通称・ナチチャコ コンビが担当する番組でした。
毎週に寄せられた同世代とちょっと上の世代からの投稿をこの二人が非常に面白く読むので、ついつい最後まで聞き入ってしまうのです。なんだか同じ時代を生きている連帯感のようなものを感じるのが嬉しかったのかもしれません。
作業が楽しい時間帯
ラジオ深夜放送の黄金時代は高校生になっても変わらず続いておりましたが、大学に入ると状況が一変しました。大学では建築の勉強をしていたので、図面を描いたり、模型を作ったりすることにかなりの時間を費やすようになったのです。それは、自分の練習であったり、先輩の手伝いであったりもしました。午前零時くらいから図面描きや模型の制作に熱中し、作業は朝まで続くといった感じです。しかし、徹夜というキツイ状況というよりは、自分にとってはむしろ人生で2回目に出会った悦楽の時間でした。大人への第一歩というか、プロへの第一歩のように感じて、不思議なことに非常に楽しかったのを覚えています。大学二年生になるまではお酒も飲んだことがなく、ひたすら図面や模型にひたすら向かっているほうが楽しかった…、そんな午前二時を過ごしていたのが大学時代でした。
働き始めた修業時代は、終電で帰宅し、午前二時を迎えるのですが、夜の使い方も変わってまいりました。興味に任せてがむしゃらに本を読んでいた数年間もありました。30代になってからは、照明文化を語るには、夜の街も知るべきだと考えて、遅ればせながらクラブに通ったこともありました。そして、40代になると、自分の事務所を構えましたが、忙しかったので毎日日付が変わるまで仕事に追われ、終電で家に帰り、シャワーを浴びて一息できるのが午前二時、それからが本当の自分の時間となりました。ダイニングテーブルを照らす照明を微かにつけてスケッチを描いたり、10年後20年後のビジョンを夢想する至福の時間でした。
さて、では現在はどう過ごしているかというと、50歳前半でワインにはまったこともあり、午前二時は赤い液体が入ったグラスを前に、思索にふけるということが多くなりました。光や照明に関する何か良い言葉がないかと探したり、新たな照明デザインのコンセプトを悶々と考えているのです。これは相当に楽しいことで、やはり午前二時は悦楽の時間であり、かつクリエーションの源となる大切な時であるのかもしれません。
ところで、この話を友人にしてみたところ、全く逆だという反応がありました。夜は早く寝てむしろ午前4時ころに起きて仕事に取り掛かるのが快適だし最も効率的だ!というのです。夜型か朝型か・・・?というタイプの違いによることなのでしょうが、一方でこんな理屈が通るのかもしれないと考えました。朝型の友人は、何かと冷静に論理的に考えるタイプの人なので左脳を活性化して仕事に取り組むには朝方が良いのかもしれません。しかし、たくさんの事柄を感覚的に統合して一つのアイディアにまとめる時には右脳も大いに働かせる必要があるのと思うのです。もしかしたら、右脳が活性化する時間が夜だとすれば、合点がいくような気もしてきます。
午前二時に描いた沢山のスケッチは、翌朝改めて見ると理解不能なものもたくさん残されますが、その中に実際のデザインに大きく貢献した秀逸なものがいくつも残されてきたのです。いずれにせよ、午前二時は、私の右脳をくすぐる悦楽の時間ということはきっとこれからも変わらないのです。
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