Vol.128|仕事の方法・ケチをつける価値

ダメだしの有難さ
投稿日:2017,09,28
photo by Sole Treadmill

ケチをつける客

銀座のとあるバーを舞台とした面白い小話があります。そこのバーテンダーの話によると、ある常連客はいつもサイドカーというカクテルをオーダーします。そしてバーテンダーはいつも「お味はどうですか?」聞きます。すると毎回「不味い。」と言うのだそうです・・・。

そのバーテンダーは、いったい何が不味かったのか?毎回緊張しながら工夫を凝らしてサービスし続けたそうです。ところが、ある時その常連客が他のバーに行って同じように頼んで出てきたサイドカーに対して、「これは、サイドカーじゃない、サイドカーの作り方を○○というバーのバーテンダーに聞いてこい!」と、いつも不味いと言っていたバーテンダーの名前を挙げたというのです。



ケチをつける理由

実はこれ、いつも不味いと言っていたのは本当に不味いのではなく、本当はバーテンダーの腕を認めたうえで、美味しいと言ってしまって味への研究の手が止まってしまわないよう、探求し続けてほしいという願いからケチをつけていたという素敵なお話だったのです。

ケチをつけられるのは嫌なもののようですが、実は有難いものでもあります。私も若かりし頃、照明デザインの仕事をそこそこ自分一人で出来るようになってきた時に、自信を持って作り上げたプロジェクトに対して、当時の上司から手厳しい指摘をされたことを今でもハッキリと思い出すことが出来ます。そのときは照明が出来上がって自慢げに現場を案内していたのですが、最後に建物の外側に回ったときにある指摘が飛び出しました。



意図せぬスカラップ

photo by LIGHTDESIGN INC.

それは複数のダウンライトを設置したところに出来た放物線状の光の輪で、照明業界ではスカラップと呼ばれるものでした。建築空間の中では決して良しとされないものなのですが、当時の私は照明器具の納まりディテールにこだわったテクニックばかりに頭が行っており、一部の空間にスカラップが出来てしまったことくらいは良いだろうと甘い考えを持っていたのです。

本来、照明デザイナーというのは全体を総合的に考えなければいけないので、ここの空間は最高だけども、こっちの空間は手を抜きましたといった感じに見えるのは非常に恥ずかしいことです。しかし、その時の私は優れた部分を磨き上げることに偏り、完成の段階で上司からの指摘を受けることとなったのでした。当時は悔しい思いがありましたが、それによって気づき、次なるデザインの場につながる非常に有難い教育的指導であったワケです。



ケチをつけるのも仕事のうち

聞いた話ですが、ドキュメンタリー番組の中で、和菓子屋の親方が自分で作った味にダメ出しするも、弟子からは美味しいの声しか上がらず、ケチをつけてもらわないと前に進めないじゃないか!と弟子にケチを請うけれども、遠慮されてしまっていたそうです。

しかし、私の事務所ではそうではありません。かつての上司から独立し、自分のデザイン事務所を立ち上げた当初から、部下から手厳しい指摘、ダメ出しが飛んでいました。私がこれで行くからやれ!と高圧的に言っても、納得しないことにはやりません!なんて返ってくることもあるくらいです。決してこういう社風にしようとしてなったのではなく、不思議とそういう人達が集まってきていましたし、私が出したアイデアに対してスタッフたちがもみ込んでいく、いわば良識あるケチをつけることが仕事になっていたのです。

これは前述の親方の環境から考えると、非常に良いことなのでしょう。スタッフたちが意見出来ない環境ではなく、逆に批判するのが仕事だと、そしてケチをつけることによって高まっていくということをわかっているのです。そういえば、上司から指摘を受けていた若かりし頃の私も、上司に対しても厳しい言葉でケチをつけていたことを思い出しました。そう考えると、ケチをつけるというのは、意外に重要な昇華のためのひとつの方法なのかもしれないですね。
 
サイドカーが上手いバーテンダーは、この秋に新しいお店を構えることになり、私がオープン前に照明にケチをつけてきました。もちろん今は最高の光環境でオープンと相成りましたので、行きたい方、こっそりとお店をお教えいたしましょう!

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。




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