Vol.129|バーの照明は、1%まで絞る!?

美暗照明の今
投稿日:2017,10,19
photo by LIGHTDESIGN INC.

バーの照明デザイン

秋も深まる季節です。今日は、お酒を楽しむバーという空間の照明について考えてみたいと思います。バーは照明的に、家庭はもちろん、一般的な飲食店ともかけ離れた暗さの特徴をもつ場所です。この夏に友人のバーテンダーから頼まれて、彼が経営するバーの照明を改修をするというプロジェクトに携わりました。その仕事を進めていく中で、バーに代表される、 “暗い空間”での照明デザインがここ最近変わって来たことを感じると共に、そういった空間での照明デザインの面白さを再確認するような出来事がありました。



そのバーというのは・・・


お気に入りのブラッディマリー
photo by LIGHTDESIGN INC.

依頼頂いたバーは、恵比寿駅近くにあるビルの地下にあります。お店のウリは季節ごとに日本各地から取り寄せたオーガニックな果物を使ったフルーツカクテルです。私はここの厳選されたトマトを絞ったブラッディマリーを飲むのが好きで、かれこれ17、8年ほど通っているのですが、材料のトマトが春先から5月までしかないので、当然カクテルもその期間のみ楽しめるものなのです。ゆえに、私はこのバーの常連というよりも、たまに来るなじみ客といったところなのです。

ある日いつものように行くと、店内の照明の改修をお願いしたいと言うのです。開業して25年が過ぎ、この機会に少しリフレッシュしたいということのようです。確かに少し眩しいかな・・・もっと優れた照明器具もあるのになぁ・・と感じていたものの、プライベートで訪れているわけですし、そんな杓子定規に直さなくても十分居心地は良かったので、改装する必要はないと言ったところ、いや、最近電球が手に入らなくなってきたので、25周年記念にあと25年使える照明に改装したいのだ!とおっしゃっていたのです。そして、なるほど・・・ではやってみましょうか!となったのです。



光をどこまで絞るか?

さて、店内の様子ですが、お店の扉を開けると横幅4メートル、奥行きが15メートルの細長い空間が広がっています。内装は全体的に黒っぽい感じで、大きな一枚の桜材で出来た立派なバーカウンターが伸びています。そこにハイチェアーが12脚ほど配されており、カウンターの中は2人のバーテンダーが立てるくらいの空間、そしてその後ろには様々な蒸留酒、とりわけ、こだわりのブランデーやスコッチウイスキーがぎっしり並んでいるといった具合です。

今回は内装リニューアルではなく照明の改修だったので、私が今、最も優れていて大好きな照明器具でまとめたいと考えました。一通りの照明器具設置工事が終わると、これらを使い光のシーンを決めてまいります。調光器で100%の出力から絞っていく・・・これが楽しく、緊張する瞬間なのですが・・・、LIGHTDESIGNのスタッフにまずは50%にしてくださいと指示して調整してもらいます。うーん、ちょっとまだ明るいな、40%にしてください。そしてまた指示、30%にしてください・・・全然明るいな、10%にしてください・・・5%にしてください・・・そしてついには2%にしてください・・・、まーだ明るいな・・・、こんなやり取りが続いたのです。



1パーセントの訳

このやり取りはまだ続きます。じゃあもう、0.5%にしてくださいと言ったら、さすがにこれは暗いなという感じで、今度は1%に上げてください、・・・などなど言いながら、結局1%に落ち着きました。

最近の調光器は非常に精度が高くて、このように1%を切るかなり小さい値まで光をコントロールすることが出来ます。と同時に最近のLED照明は非常にパワフルになってきていて、素晴らしいことではある一方、実は照明デザイナーが手掛けるような繊細な空間ではそこまでの明るさは必要としないことも多いのです。つまり、出力の1パーセントで良い、100分の一のチカラしか使わないという事実もあるわけです。
 
この調整のやりとりを聞いていて不安になったバーテンダーの菊池さんが途中で、これはどういうことなのか?何をやっているのか?と話しに入って来ました。そして、説明しながら、実際に菊池さんにも100%、10%、1%、0.1%と見ていただき、どれが良い?と聞くと、やはり1%が良かったという答えが返ってきました。

そういえば、これと似たような出来事は「人生は70からが面白い!」でご紹介した京都の料亭でもありました。床の間の花を照らす光を調整したときもやはり調光レベルの最低ラインまで絞る結果となり、これは女将がそれよりも上のレベルの明るさを、“あざとい”と表現したのです。そう、それほど繊細に絞った微かな明るさに、人が感度を高め、光と陰が織りなす美を見つけるのです。これは、机上では出来ない、想像の中では出来ない、光の空間デザインの面白さだと感じました。



照明ツールの進化がもたらすもの

白熱電球の時代も調光器はありましたが、明るさを絞ると言っても、せいぜい60%から50%です。白熱電球の性質上、もっと出力レベルを下げた低い電流を流すと、光源のフィラメントは夕日のように赤い色になってしまうのです。その点、LEDは出力を下げても光の色が変わることなく明るさだけを変えることが出来るので、1%や10%で勝負するなんてことは白熱時代からしたら考えつかないような世界観です。これはLEDのみならず、0.1%まで安定的に刻んで出力できるようになった調光器の進化でもあります。

ですから、照明のシーン設定を現場でやってる側としては、ボトルカウンターのところは0.1%で設定して、その横のほうはちょっと暗くなっていくので0.2%くらいにちょっと上げとこう・・・といった、かなり精密な光の作り方をすることによって居心地良さを実現できる面白みがあります。これこそ、私が提唱している美暗(Lovely Darkness)の世界が構築出来ますし、照明デザインとしても大きな進化です。私にとっても照明デザインという仕事が今また面白くなってきたなと感じる・・・そんな大きな手ごたえを感じる小さなプロジェクトでした。

秋の夜長に、LovelyなDarknessにゆっくりと溶け入る時間を楽しみたいものです。

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。




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