Vol.70│2030年のオフィス

街がオフィスに、オフィスはサロンに
投稿日:2015,03,12
photo by karimjazouani

15年後のビジョン

私たちの携わっている建築照明の仕事は、プロジェクトが開始してから竣工するまでに4~5年の月日が流れます。ということは、今年始まったプロジェクトが完成するのは、2020年になるという計算です。2020年は、東京でオリンピックが開催されることになっていますから、どうせつくるのならそれまでに完成させたい!と考える事業者の方も多いかもしれません。こんな計算をしてみると、2020年というのは未来というよりプロジェクトが完成する「少し先」といった感覚が近いかもしれませんね。

そこで、もうちょっと先の未来を考えてみようとなると、2030年、あるいは2050年などといった表現になってまいります。実際、本屋さんなどで並べられている中長期的なビジョンをテーマにした書籍は、この2030年や2050年というタイトルがつけられているものが多いようです。ちょうど、私も先日、『オフィスビル2030―近未来‐オフィスビルは必要か?(オフィスビルディング研究所・著)』を読む機会がありました。なかなか興味深い内容でしたので、今回はこの本のご紹介と共に、2030年のオフィス照明を考えてみたいと思います。

 



働き方が変わる

オフィスが変化する主な要因は、オフィスでの働き方の変化によるものです。この本によれば、仕事という意味は産業革命以前までは、肉体労働をイメージさせる「レイバー」でありました。しかし、産業革命で機械が導入されると、工場で仕事をする「ワーカー」という意味に変化したというのです。そして2030年には、その「ワーカー」に代わって作業を請け負う人から新しい価値を想像する「プレーヤー」と呼ばれるように変化していくのだと解説しています。したがって、オフィスとはプレーヤーが集まって知的生産をする場所となるのです。

このプレーヤーという働き方は、一つの会社だけで働くと言う既存の価値観とは異なり、複数の会社と契約してそれぞれの仕事を行うもので、個人事業主やフリーランスの感覚です。すると、今までのような自分の勤める会社の自分の席に座るという就業スタイルはなくなってきます。そうそう、昼間に都心のスターバックスコーヒーの2階に行ってみると、すでに沢山の方が、ノートパソコンやタブレットPCを持って仕事をしている姿を目にします。コーヒー屋さんばかりではありません。公園や最近日本でも増えてきた貸ワーキングスペースなど、あらゆるところで仕事をするスタイルになるという訳です。

大都市などで見かけるようになった貸ワーキングスペース。
photo by janelleorsi


では、オフィスはどうなるかというと、人とコミュニケーションする場所、実際にそこに人が集まり、フェイスtoフェイスで知識交換するサロンのような空間になっていくというのです。すると、この未来のオフィスでは今までのような沢山のデスクが整然と並べられているようなデザインでは成り立ちません。むしろ、カフェのようにくつろげるソファーが置いてあり、コーヒーがあり、集まったプレーヤー達のコミュニケーションを促進するような居心地の良い空間が必要とされているのだそうです。



オフィス2030の照明は?

そう考えると、照明も既存のオフィス照明では成り立たなくなってきます。日本におけるオフィス照明の照度推奨値は750ルクスとされており、今までの感覚では「ワーク」するために明るく!という考え方だったのですが、ここではワークはせずに、リラックスしてコミュニケーションをしたい訳ですから、照度推奨値としては、現在の三分の一程度でいいかもしれません。そしてさらに調光システムによって照度および色温度も変化できて、より居心地の良いひかり環境が求められていくことでしょう!

ところで、オフィスの照度という観点から考えてみると、ここライトデザインの事務所の照度を計ってみると、なんと100ルクスを切っているではありませんか! これすなわち7平方メートルの面積に裸の蛍光灯一本くらいの明るさです。これは夜間の照度、昼間は南面に大きな窓があるので、そこからのデイライトが入ってまいります・・・。ただし、窓側に陣取る私には明るすぎるので、日中は、ほとんどブラインドを閉めた状態で過ごしているのです。実測してみたら、窓から4メートル離れたあたりで200ルクスくらいでした。そんなわけで昼間は照明をつけることなく過ごしています。

では、夕方からはというと明かりを灯すことになるのですが、照明設備としては、天井から吊り下げられたペンダントタイプのタスク&アンビエントライトが設置されています。LEDを光源としたスタイリッシュなデザインのものなのですが、ほとんど点灯する機会がありません。手元に置いてあるスタンドを点灯させてスケッチを描いている人もいれば、暗さを気にせずにPCに向かっている人もいます。

実はこのスタイリッシュなペンダントの照明が、移転時になかなか納入されず数ヶ月のあいだ、スタンドライトやその他の照明だけで過ごしていたら、その暗さに慣れてしまって、結局納入後もあまりペンダントを使っていないという状態になってしまいました。たまに誰かが「作業」をしなければならないときに、「すみません少し明るくなりまーす!」なんて遠慮がちに声をかけて点灯させることがあります。そんな時、ほかの人たちは、「ウォー、眩しいね!」なんていう感想を漏らし、点灯させた人が恐縮する・・・、そんな不思議なやり取りが見られます。

私のオフィスは、「=スタジオ」という位置づけなので、あまり一般的なオフィスに適用できない特殊解なのですが、知的価値を創造する場所として、明るさではなく居心地の良さを求めるという観点では、良い事例になるかもしれません。そして、オフィスでは、時々パーティも開かれる・・・、さまざまな人がそのパーティに参加する・・・、情報が取り交わされ、さらに知的好奇心も刺激される・・・、これが2030年のオフィス! 
そうか、すでに実践しているではありませんか!

 

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。






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