投稿日:2016,06,10
photo by 2benny
京都のタクシー運転手さんの話
先日、京都でタクシーに乗ったときに、運転手さんからとても興味深いお話を伺いました。それは、京都に着物屋さんが多い理由を知っているかい?という質問から始まったのです。確かに京都の街並みを眺めると、きもの姿の女性を東京よりは多く見かけます。舞妓さんや芸子さんはもちろんのこと、それ以外の職業であろうと思しき方でも着物を着ている方を見ることが多いのです。さて、この答えはいったい何であったのでしょうか?
京都のきもの産業を支えるのは・・・
そのタクシー運転手さんによると、まず京都には花街があり、舞妓さん芸子さんがたくさんいるというのがひとつ・・・と、この答えは誰でも想像がつきます。それから、もうひとつ大きな理由があるというのです。
それは、京都では着物が欠かせない習い事が多くあるからだというのです。茶道や華道、日本舞踊、唄など、日本の伝統的な教養を習う人々がたくさんいて、そのことが大いに関係があるのです。特に女性は、幼い時から美しい着物姿の女性を目にしていて、自分もそんな着物を着てみたいと願うようになるのでしょう。古い町並みが残り、寺社仏閣も含めた着物に似合う背景も整っている京都の町に、このニーズがある限り、着物屋さんはつぶれないということです。
産業構造として、そこで行われている習い事という慣習や文化が着物産業を支えているというのは、とても面白い話でした。
何が照明産業を支えるのか?
さて、運転手さんにいい話が聞けたところで、早速、私はこの話にヒントを得て、照明産業はいったいどんなものに支えられ、着物屋さんのようにつぶれないものになれるのかを考察してみました。
着物の例をもう一度整理すると、たとえば茶道はお茶会や初釜などの正式な席に出席するために、着物の着用が必須となります。そしてその集まりに参加する度に着物を見る目が肥えて、より上質なものを求めるようになるのでしょう。さらに季節が変われば、その季節にあった着物も必要です。この需要に着物屋さんは応える必要があるのです。
さて、照明デザインへの置き換えは少し難しくなってきました。例えば、趣味と照明デザインという観点ですが、たとえば山登りが趣味でLEDヘッドライトがツールとして必要になるとしましょう。そして、技術が進んでより明るく夜道を照らすヘッドライトが出たとしましょう。そこで趣味としてもうひとつ購入することはあっても、季節ごとに新しいものを買いたいとは思わないでしょう。少し間接的に考える必要がありそうです・・・。
人が美しい光を求めている
象の鼻パーク(横浜)
photo by Toshio Kaneko
少し思考を切り替えてみましょう。 私たちが照明デザインを担当した横浜の象の鼻パークを夜間に訪れ気が付くことがあります。ちょうどブルーモーメントの時刻から、その暮れゆく空と港の光景を写真に収めようとするアマチュアカメラマンの多いことに気づかされるのです。この公園を見下ろせて、その向こうには港の景色、そしてみなとみらいの現代的な夜景が美しく広がるペデストリアンデッキの上には、特にご高齢のご夫妻がともにカメラを首にかけて往来する姿を頻繁にお見かけします。
・・・よく見るとご夫妻それぞれに、高性能のカメラをお持ちの方が多いのに驚かされるのですが、おそらく夜景写真撮影を趣味としているのでしょう。なぜなら、私たち照明デザイナーが写真を撮るときと同じように、きちんと三脚を据えて、丁寧に夜景を写真に収めているではありませんか! そして、この夜景撮影ですが、この季節日没前の午後6時半頃からカメラをもって歩きはじめ、19時の日没直後のブルーモーメントを背景に写真を収めます。そして急ぎ足で場所を替え、移り行く美しい港の光景を写真に刻むのでしょう・・・気が付けば20時を回り、そろそろ家に戻ろうかということになるのですが、考えてみれば夢中で歩くことで、健康増進にもつながるのでご高齢の方々の趣味としては一挙両得というわけです。この夜景撮影を趣味とするご高齢者の人口が増えれば、次のような流れを誘発するのかもしれません。
まずは照明デザイナーが、人の心に響くような光のデザインを生み出してゆく→夜景写真を撮るアマチュアカメラマンが撮影する→ご高齢のアマチュアカメラマンが増加する→夜景がきれいに撮れる新しいカメラが発売される→より美しい写真を撮りたくなる→夜景を見る目が肥えてくる→社会が夜景や照明デザインが人の心に作用する大切なデザインであることに気づく→照明デザイナーの職能に期待される→照明デザイナーの期待に応える高性能な照明器具が必要になる→各照明メーカーの器具開発が活性化される→より人の心に響くような光のデザインが生み出されていく・・・と良い循環で照明業界全体が盛り上がっていくというひとつの流れが見えてきました。
京都のタクシー運転手さんに刺激されて、照明業界を支えるものは何かという考察をしてみましたが、まずは、私たち照明デザイナーが、「人の心に響く光」を生み出すことが何よりもその第一歩という結論に至ったのでした。
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