味わいを増すために必要なこと
明けましておめでとうございます。このブログも今年で丸10年を迎えることとなりました。10年前、三井不動産レジデンシャル「みんなのすまい」というウェブサイトの中に開設した「光のソムリエ」、できる限り身近な光の話題をテーマに書き続けております。今年もしっかりと書き続けたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今回のブログのお題は「熟成」です。これは皆さんご存知のとおり、食べ物やお酒などに使われる言葉です。熟成とは、自然界の酵母の力で食物が発酵した後に、素材の旨みを増すために、ある一定の温度や湿度の下で長時間放置することにより化学反応をゆっくり進める期間のことです。熟成されると独特の味わいや香りが生まれて、熟成の年数によっても特徴が異なってくるという実に面白い工程なのです。
照明は電気機器ですから、“熟成”という有機物のような感覚とは無関係なのですが、私は照明デザインにも熟成があるように思えるのです。
熟成とは?
例えばワインで言うと、樽の中で長い熟成を経た後に、瓶に詰め、さらに瓶内の空気との反応によってさらに熟成させます。樽熟成は6カ月から3年くらい、瓶詰めされてからの期間も考えると相当の時間を経て世の中に登場するのです。
照明における熟成? これはどういうことなのでしょうか? 照明はやはり電気、あるいは電気製品なのですから、ワインのように期間を経たことで、「良い色温度に落ち着いてきたね・・・」となることはあり得ません。しかし、照明は空間にただ設置されるだけではなく、その光の下に人の営みがある・・・、その所に何か熟成の仕方があるのではないかと思います。
照明を熟知し、使いこなす
ある目的を持って設えられた照明のもとに、人は暮らしや労働を行っています。その目的のもとに人と明かりがうまく調和していく過程を、“熟成”と表現しても良いのではないでしょうか? ワインの場合には、発酵によってブドウの果実がアルコール飲料に変わるのですが、そのままでは深い味わいのある本格的なワインではありません。照明においても、ただ空間に設えられ、電気が流され、点灯しただけでは何の味わいもありません。
大事なことはその明かりのもとで人が活動を行うこと・・・。ワインにおいては樽熟成、照明においては人に使われるという「使われ熟成」?が必要なのだと思うのです。
使われ熟成・・・、つまり、こんな時にはこの部分の照明をつけて、こちらは50%に調光してゆったりした時間の流れを創りたいんだ・・・、そんな使いこなし方がうまれてこその照明が本物の深い味わいのある照明なのだと思うのです。
こういった使い方はある程度の時間を照明と過ごして、身につけることが必要かもしれません。お店だったら、どんどんこういったことが空間と一体化し、サービスと一体化してすばらしいものになっていくっていうのはあります。利便性ではなくて、より高度なサービスとして光を使いこなすということは熟成なのかもしれません。
照明は人に使われることで熟成する
デザインされた照明空間というのは、年月と共に残念な方向に変わってしまうものもあります。例えば、電球色だったはずの光源がいつの間にか白色のものが入れられてしまったなんてこともあります。しかし、年数を経てもそういったことがなく、美しい照明空間が保たれているケースもあります。
それはこのブログでもよく話題にあがる横浜の象の鼻パークなのです。ここは2009年にオープンしてから8年になりますが、いまだに当初のままに維持されている非常に優秀な照明空間です。経年で劣化するのではなく、地域の人に愛されて、公園の管理者にも愛されて、良い感じで地域に根差した公園へと成長してきているという点ではこれも熟成と言えるでしょう。
関係者の方から聞いた話では、ここの照明が好きだというファンが多く、そういう方たちが自分の好きな光の光景を守るべく監視しているというのです。そして何かの間違いを発見するや否やすぐにそれを指摘してくるのだというのです。そういえば、お酒や食べ物の場合も熟成が正しく進んでいるか、毎日チェックしてケアする人がいて始めて良い熟成が成り立ちます。照明空間も使う側として見守る人、メンテナンスしてくれる人、よき三者の関係があってこそ熟成していくものに違いありません。
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